ゲゲゲの鬼太郎が4月からTVアニメとして復活しました。
それを祝しまして、ちょっと水木しげるネタを出しておきます。当サイトではずっと野中英次先生を持ち上げて来ましたが、そもそものなーのギャグは
池上遼一先生の絵柄でやっているところがポイントになっています。
では、池上先生の師匠は誰だったのでしょうか?
それが
水木しげる先生だった様なのです。それが何故分かるのかと言うと、水木先生自身による
「池上遼一伝」なるマンガが存在するからです。
この32ページのマンガは昭和50年の少年サンデー増刊号に掲載されたそうで、昭和56年に発売された「水木しげる幻想と怪奇」第7巻「落第王」に収録されています。とはいえ、現在どこかで読めるのかどうか、全く分かりません。
自分が見た限りでは、この本でしか確認出来ませんでした。
という事で、このレアなマンガを簡単にレビューしてみます。

タイトルは「漫画狂の詩−池上遼一伝−」。そもそも、幻想でも怪奇でもないのに、このシリーズに収録されている理由がよく分からないんですよね(苦笑)。伝記ものは、よく本人もしくはアシをやっていた作家が持ち上げる為に描く事が多い気がするのですが、師匠が弟子について描くというのは珍しい気がします。

池上氏は、当初山本と猫田という人物と漫画を描く為に田舎から出てきた様です。
山猫プロという名前でスタートした様ですが、お金がなくて
質屋に入り浸りだったみたいです。
仕事がろくにない為、池上氏の持っていたギターを質屋に入れ、それでも空腹に耐えられずはいていた靴まで質屋に入れてしまったとか。
相当厳しい生活をしていたみたいですね。

結局、家賃も3ヶ月滞納して追い出される事に。
あえなく
山猫プロは解散してしまいました。その後、看板屋に戻ったものの、六畳に7〜8人で寝る生活に四苦八苦。
夜トイレに起きると、もう寝る場所がなかったとか。

電気をつけていると怒られる為、時間を制限される状況ながら、何とか投稿作品は描いていた様です。
そして、

それが水木先生の目に止まりました。かくして1ヶ月の後、池上遼一は上京して来たのです。
当時の水木プロの面子は色々と楽しいものがあった様です。

いきなり
インキンの話を持ち出す森山君。人にタバコの煙を吹き付ける豊川君もスゴイですが、

牛乳配達をしていて、一日中牛乳を飲んで生活しているという五郎君はスゴイ。
何でもアシでも何でもなくて、勝手に住み着いているそうです。かくして、みんなの協力で追い出される事に(苦笑)。
半年がたち、映画を見にいった池上氏は
「座頭市」にはまったとか。
その他では、大阪の看板屋の話をよくしていたそうです。

ビルの6階から転落した人がいたそうなのですが、「根性で生き返りおった」そうです。スゴイ話だよな〜(苦笑)。
インキンの森山君が首を吊った?
この話は続きがない為、本当に首を吊ったかどうかは不明です。

そして、
池上氏にも春が(笑)。しかし、浮かれてばかりではいられませんでした。
田舎から電報が届いたのです。

この作品の中で2回帰省していますが、この時期、父親の容態はあまりよくなかった様です。

森山君に続いて茂毛君が自殺?
みんなで京王線の線路や多摩川あたりを探す事に。
(この結果は不明。)
そして唐突にその時は訪れました。

編集長と会う事に。
かくして、池上氏のデビューが決まりました。
唐突にお姉さん(電報)が登場。
かくして、巨匠・池上遼一は誕生したのでした。とまあ、こんな感じの作品です。
最近、
島本和彦先生が「マンガ界は甘い」とか言ってたりしましたが(笑)、恐ろしく厳しい時代があった様です。そんな厳しい時代を生き抜いてきたからこそ、水木先生や池上先生といったベテランの作家たちは、巨匠と呼ばれる存在になったのかも知れませんね。【水木しげる関連記事】
◎不思議な手帖〜水木しげる版「DEATH NOTE」!?
◎S41年版「べとべとさん」〜夢も希望も萌えもなし!?
◎「ゲゲゲの鬼太郎」またまたまたアニメ化!! 池上遼一ウィキ水木しげるウィキ
>>茂毛君が自殺?
おそらく「茂毛」というのは「つげ義春」のことでしょう。
当時、東北地方へ精神の安定のために旅行に出掛け、その体験から『二峡渓谷』や『オンドル小屋』などの、東北の湯治場を舞台にした作品を発表しますから。
水木しげるの短編『ドブ川に死す』にも、三毛という名前でつげ義春が登場します。
[2007/04/17 19:13]
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>おそらく「茂毛」というのは「つげ義春」のことでしょう。
なるほど!
確かにそんな感じですね。
茂毛で「つげ」って読む?
いや、それは違うか?(苦笑)
コメントありがとうございました。
[2007/04/27 03:53]
いけさん
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